キラキラ大島雑記帳

インディーズレーベル『キラキラレコード』代表、大島栄二の日記です

人生

 長嶋茂雄の著書『野球は人生そのものだ』を読む。おそらく今年最後の読了本。

 いやあ、名著。今年は小説などの他に有名人の書いた体験談のような自伝のような本も(主に新書で)沢山読んだが、それぞれに各界で成功を収めた人たちの言葉には重みがある。だがこの長嶋さんのこの本は中でも突出した傑作だと思う。傑作というのはちょっと語弊があるな。名著である。

 名著と思う点は沢山あるが、結局は長嶋さんがどういう姿勢で野球と向き合ってきたかということが感動的なのである。もちろん長嶋さんは野球のスーパースターだ。同時代のどんな選手にも負けない優れた運動能力を持っていた。そんな彼の選手としての技術なんかは普通の人には何の参考にもならない。だが、技術を育むのは肉体と精神だ。精神部分で彼がどのような姿勢でいたのかはとても参考になる。たとえ読者が学生であれ社会人であれ、フリーターであれ経営者であったとしてもだ。そういう意味で、この本はひとつの哲学書であり、人生論であり、戦術論でもあると思う。

 若い頃の長嶋さんはけっこうな跳ねっ返りだったように思う。それが肉体の衰えを感じ、リーダーとして結果を出せない日々を過ごし、長嶋なき巨人軍を率いることの地獄に苦しみ、12年の背広生活を耐え、受けるも地獄断るも地獄の監督再就任に立ち向かう。そしてあげくには日本代表と脳梗塞。リハビリ生活と、苦労の連続だ。スターとして脚光を浴びる中での栄光と苦悩は想像すべくもないが、そんな中で常に持ち続けたのがファンへの感謝だったというのが、いやしくもエンターテインメント業界の末席を濁している僕にとってもとても参考になる、そして改めてやってきたことが間違ってはいないということを再確認させてくれるものだった。

 興味のある人は読んでもらえればいいことだが、僕が一番いいなと思ったのは、落合博満とのエピソードだ。落合は長嶋の引退試合の日、会社を休んで観たのだそうだ。その落合がかかったドラフトが江川問題の渦中であり、それで巨人が落合を指名出来なかったという。その落合がFAで巨人に来る時に背番号6が篠塚とバッティングし、夫人に「我慢しなさい」といわれて60になったという話。清原入団に際して「清原とポジションを争って勝つ自信はあるが、どちらを起用するかで監督を悩ませたくない」という理由で移籍することになったという話。どれもこれも感動的だ。今でこそ中日の監督として憎々しい落合だが、そういえばあの10.8決戦の時に肉離れを起こしながら頑張ったんだったなということを思い出させる。現在の野球界でサムライと言われる数少ない存在の落合だが、長嶋さんとも重なる点がいろいろあるんだなということが判って興味深かった。

 この本は2006年にリハビリ中の長嶋さんが1ヶ月に渡って日経新聞私の履歴書」欄に連載したものをベースにしている。このコーナーは今も掲載されていて、僕も毎日楽しみにしている。今年ではドトールコーヒー鳥羽博道会長の連載と、ノーベル賞受賞者の物理学者益川敏英氏の連載が素晴らしかった。今は成功されている人たちも苦労を重ね、そして今があるということを知るだけでも勇気がわいてくる。まさに、経営は人生そのもの、研究は人生そのもの、野球は人生そのものなのだ。そして僕らはその人生を生きている。