キラキラ大島雑記帳

インディーズレーベル『キラキラレコード』代表、大島栄二の日記です

寺町夷川

 僕の会社キラキラレコードがあるのが京都市中京区久遠院前町。しかし最後の町名でどの辺なのかをすぐにわかる人はそうそういないだろう。京都の地名はすごく複雑だ。ほんの数百m単位で町名は違ってくるし、すべて覚えるなんてことは普通の人には不可能だ。それに、久遠院前町と言いながらも付近に久遠院というお寺は無い。  そこで登場するのが通り名だ。海外でいう所のストリートを基準にした住所表示。例えばロサンゼルスなどではウィルシャーやサンセットという通りが東西に走っている。南北にはラシエネガなどの通りがある。細かい番地はあるけれど、大体どの辺なのかということは東西の通りと南北の通りを伝えることで「ああ、あの辺りね」と見当をつける。京都も同じこと。縦横に走る通りの名前を言うことで場所の見当はつく。ロスよりもきちんとした碁盤状の町なので、非常にわかりやすい。普通の観光客だって三条や四条、五条という通りは知っている。それに河原町通烏丸通というメインの縦の通りがわかれば、中心地のおおよそのことはつかめる。京都に来る前の僕だってそのくらいは知っていた。  でも四条河原町などは観光やショッピングの場所。歩いていける距離ではあっても、自分のテリトリーという印象は無い。やはり自分の町は、寺町夷川近辺のことだ。  寺町通は趣のある通り。御池通より北側で、河原町烏丸堀河などの大通りの間の細い道で、車道と歩道が分けられているのはおそらく寺町通くらいではないだろうか。その歩道も単にアスファルトを敷いているのではなくてちょっとした石畳的な感じになっている。ここは以前電車道だったらしく、今の大通りが拡幅される前の風情を残しているメイン通りなんじゃないかと勝手に思っている。この通りで一番有名なのはなんといっても一保堂本店。高さはないけどランドマークといってもいい。目立つ大きなのれんがかかっている。キラキラレコードを訪ねてくる人には一保堂本店を目印にと伝えている。タクシーで来るのなら運転手に言えばほぼ確実にわかってもらえる。僕も観光客としてここをわざわざ訪れたことがあるくらいだ。  アカデミックなものが好きな人には三月書房がある。行ってみると普通の古本屋(失礼。早稲田の古書街に長いこといたもので)だが、歴史もあるし、こだわりは相当なものらしい。その他では村上開新堂という古いお菓子屋さんも歴史を感じさせる。外から見ても中が暗くて営業しているのかどうかさえ疑問になってくるが、キッチリと営業されているし、名物ロシアケーキもなかなかおいしい普通の洋菓子だ。  一保堂と並んで目立っているのが進々堂。京都市内にたくさん店舗を持つチェーン店なのだが、パン工場がすぐ近くにあってここが本店。焼きたてを買うことが容易だし、併設のカフェもあるのでなんならそこでパンを食べることだって出来る。キラキラレコードの3軒隣で非常に便利。進々堂以外にもLIBERTEというおしゃれパン屋もある。京都のこじゃれたパンといえばプチメックが1番に浮かぶが、LIBERTEも負けてはいない。あまり見たことの無いようなパンが狭い店内にこれでもかと並んでいる。2階にイートインがあるらしいのだが、階段を上がらないと様子がわからないので、こじゃれ雰囲気に負けるんじゃないかとまだ上がる勇気が持てないでいる。  二条通をちょっと下がったあたりの2階にはかつて北欧食器を扱うMAISEMAというお店があった。かなり人気だったからなのか、今は麩屋町の広い路面店に移転しているが、寺町の2階にあった頃の雑然とした宝石箱のような雰囲気が好きだった。ちょっと動けば背後の棚にぶつかるんじゃないかというような狭い店内に積み上げられるように置いてあった食器群。掘り出し物という言葉はここのためにあると思ったくらいだった。  他にも面白そうなお店はたくさんある。錫製品を扱う清課堂、古い版を使った印刷物などを扱っている芸艸堂、奈良墨の専門店の古梅園、和紙の専門店紙司柿本などなど、京都っぽい店がたくさん並んでいる。そうかと思うと普通の金物屋さんがあったり、自動車整備屋さんがあったりと、日常感覚も普通に混ざっている。さらには意外にもこの通りの中に中古レコード屋が3軒もある。モダンな文化の香りもプンプンさせている通りなのだ。そのせいなのか、キラキラレコードにも中古レコードを漁りにくる人が月に複数やってくる。ちょっと困るが、なんとなく楽しかったりもする。  会社の近所には下御霊神社がある。世界遺産の神社と較べるとちっぽけな神社だが、僕は毎日出社前に立ち寄って拝んでいる。何か特にお願いしたいことがあるわけじゃないけれども、なんとなくのしあわせを祈ったり、日々の感謝をしてみたり。それを毎日することで、この街にもちょっとだけ馴染んでいけるような気もしているのだ。  寺町から少し離れると、革製品を手作りする工房のrimがある。欲しくても年に数回のオーダー受付は瞬殺だし、運良く注文出来ても数ヶ月待ちという大人気の手作り革バックが有名。東京にいる頃から僕の名刺入れはここの製品だった。おしゃれカフェ「Cafe Bibliotic Hello! 」も、ストイックな読書カフェ「月と六ペンス」も音楽和カフェ「HiFi Cafe」も、隠れ家カフェ(隠れ家なので名前はいいません!)も近くにある。御池を下れば有名なスマート珈琲だってある。お茶がしたければお店に困ることは無い。  とかなんとか言いながら、僕などはまだまだ京都の新参者に過ぎない。日常行き来するエリア以外のことはほとんど知らない。寺町通よりもステキな場所はたくさんあるんだろうと思う。だがそういう所をすべて知らなくても、自分の通りと思える場所があって、そこが好きだと思えるだけで幸せなことだと思う。京都の人は他所者に冷たいとよく聞くが、僕はそんなことを感じたことは一度もない。特別に手を広げて迎え入れてくれているわけではないけれども、けっして他人行儀なんかではなくて、程よい距離感というイメージ。僕のようなひねくれ者は殊更にかまわれるとかえって居心地が悪くなる。だからこの程よい距離感を保ってもらえているのが一番いいのかもしれない。
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